志水英樹先生のご逝去を悼む

山口満(平成元年卒業・3年修士修了・6年博士修了/株式会社山口設計事務所)

 本学名誉教授志水英樹先生が、去る2025年7月23日にご逝去されました。享年90歳でした。ここに謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 先生は1935年5月4日に大阪府吹田市でお生まれになりました。1958年東京工業大学ご卒業、同年に大成建設株式会社に入社され、会社の先輩と共同でシアトル万国博の中心広場と噴水のための国際コンペに応募、1961年3月にみごと一等入賞を果たされ、アメリカ合衆国に渡り実施設計をなされました。1962年に大成建設を退社、同年9月にペンシルバニア大学院建築学科修士課程に入学され、ルイス・カーンの授業を受けられます。途中、2年コースのシビック・デザインコースへの転入学を経て、1964年5月に修了されました。修了間際、ペン大建物前の階段で、偶然通りかかられたカーンに「事務所で働かせていただけますか」と直訴し、「いつでもいいよ」と即答を得て、1964年6月にルイス・カーン事務所に入所、日本人初のルイス・カーン事務所所員となられました。ルイス・カーン事務所では、フィラデルフィア美術大学やフィリップ・エクスター・アカディミー図書館などを担当されました。そして、1967年7月に惜しまれつつもルイス・カーン事務所を退所(一旦日本へ帰国)されました。

 1967年から2005年までに、神奈川大学建築学科助教授・教授、東京工業大学建築学科教授、東京理科大学教授、駒沢女子大学教授をなされ、その間に東京工業大学工学部社会工学科講師、ユタ大学大学院建築学科客員准教授もなされ、長きにわたり多くの後進を育成されました。1977年工学博士、1979年著書「街のイメージ構造」(技報堂出版)ご出版、1993年「中心地区空間のイメージ構造に関する研究」で日本建築学会賞(論文)受賞、2018年日本建築学会名誉会員に推挙されました。

 1988年の年明けすぐの頃、当時学部3年生の我々がいる製図室に先生は来られて、「研究室所属を希望する者は、私の論文を読んでおくように」とのお言葉をいただきました。4月に晴れて志水研究室所属が決まり、「イメージ、構成要素、属性、建築外部空間、意味微分法」等、先生の研究テーマに必死にかじりつく日々が始まりました。研究室では、白馬スキー合宿、野球、馬籠宿や大洗・鹿沢合宿研修所へのゼミ合宿などもあり、充実した思い出が残っています。先生は学生時代に東工大バレー部に所属されており、普段はテニスなどのスポーツも楽しまれていました。

 1995年7月、「カーンとライト巡礼」と題した18日間のアメリカ旅行へご一緒させていただきました。11回飛行機を乗り継ぎ、北米大陸を∞の形に周り、先生のお話とともにルイス・カーンの建築作品をほぼ全て見学することができました。

 2023年11月26日、先生のご自宅にお邪魔し、アメリカから持ち帰られたLPレコードを、同時に持ち帰られたステレオ装置で聴かせていただきました。この時のお薦めはフラメンコギタリスト「マニタス・デ・プラタ」で、ニューヨークのカーネギー・ホールでのコンサートに行かれたとのことでした。「マニタスは手。プラタは銀。最高のギタリストということだよ。」と教えていただきました。

 このように、先生の偉大な功績と教えは、建築界や私たちの心の中で永遠に生き続けます。先生、長い間本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。